限界を突破する「高重力場3Dプリンタ」

なぜ,高重力場?

2020年代,「アルテミス計画」をはじめ,宇宙へ新たな挑戦を繰り広げる機運が世界的に高まります.月面,火星面などの新天地開拓は,世界中の多くの研究者が目指すところです.そのような情勢の中で,生産工学から宇宙開発へできる貢献としては,3Dプリンタが注目を集めています.「資源」も「スペース」も限られる宇宙船内では,”削る”加工ではなく”足す”加工が理想的です.これからの宇宙開発プロジェクトはいずれも長期スパンとなることから,現地で部品を作製・修理できるような,持続可能性が高い「無重力場のものづくり」の確立は急務です.

・・・という口上を述べながら,なぜ小池研究室は「無重力場」で使える3Dプリンタの開発を目指さないのか? その理由は,下図を見れば,わかっていただけると思います.

2022年6月現在,世界中には “additive manufacturing” (「3Dプリンタ」の学術名称) に関連する論文が43,800編以上あり,このうち47編が,「無重力場 (zero-gravity, microgravity 等) の3Dプリンタ」を扱っています.米国 (NASA など),中国 (中國科学院など),ドイツ (ドイツ連邦材料研究所,Hannover Institute of Tech. など) では3Dプリンタを宇宙開発へ応用するために,航空機による落下試験や自由落下塔による人工無重力場において3D造形実験を行っています.上図の左側にまとめるとおり,「無重力場」や月面・火星面などの「低重力場」は,材料を造形台に固定できず,浮力の低さによって内部欠陥が多く残るなど,3Dプリンタの安定性をまるで確保できない「極めて劣悪な環境」です.

この低重力による問題を解決する研究もたしかに価値がありますが,もっと根本的に問題と向き合った結果,小池研では「0Gと1Gの違い」に注目しました.じつは,地球上の自然重力場(1G場)でも,軽い粉末材料の固定や,小さな内部欠陥の発生など,無重力場(0G場)と同様の問題が低度に起こっていて,多くの研究がこれらの解決を図るために世界中で行われているのです.この比較から上図の右側のように,

1Gよりも高重力場では,3Dプリンタの問題を極小化できる!」

という可能性にたどり着けます・・・よね? しかしながら,2022年6月現在,3Dプリンタの関連論文が世界に43,800編以上あろうとも,高重力場で3D造形を行った研究成果を示す論文は,小池研究室が発表した2編しか存在しません.(これ以降の成果も随時,論文発表しています.)

  1. Yusuke Sugiura, Ryo Koike*, High-gravitational effect on process stabilization for metal powder bed fusion, Additive Manufacturing, Vol. 46, 102153, 2021.
  2. Ryo Koike*, Yusuke Sugiura, Metal powder bed fusion in high gravity, CIRP Annals Manufacturing Technology, Vol.70, No.1, pp. 191-194, 2021.

皆さんのご家庭にある家庭用洗濯機は,脱水時に洗濯槽を高速回転して衣類と水分を分離する,最も身近な遠心分離機だと思います.正確な数値は各企業の機密情報ですが,50G以上の高重力場を出力しているものもあります.さらに,研究装置メーカーが販売する超遠心分離機には,1,000,000Gを超える出力を持つものもあります.莫大な開拓幅を持ちながら,だれも踏み込んでいない「高重力場の3Dプリンタ」は興味が尽きない研究テーマです.

2021年4月,小池研究室は世界で初めて,高重量場 (HG: High gravity) で粉末床溶融結合法 (PBF: Powder Bed Fusion) を行った結果を発表しました.造形プロセスへ能動的な力学的作用を加える手法としても,従来の3Dプリンタの研究ではありえない画期的な提案として,HG-PBFは高く評価されています.これがどうして学術的に「画期的」といえるのかについては,高重力場のさらなる可能性を示しながら,別項目でお話しましょう.

世界初の高重力場粉末床溶融結合 (HG-PBF: High Gravitational Powder Bed Fusion) 装置

次項目: 高重力場と模型実験